子を喰らう母 毒になる大人

すでに家族とは墓場か地獄の代名詞でしかないにもかかわらず
地獄の存続なくして、国家も企業も産業もあり得ない

それゆえ、家族は国家と企業と産業と
すでに生まれて退化の極限に落ち込んだ大人の
膨張し、限界を見失ったエゴの存続のためだけに
形態を維持する

その家族の風景を
人は美しいと呼ぶ

痛みを感じられない狂気が存在のすべてを蝕む


「この子は手足が長すぎる」 子を食う母 
朝に晩にバリバリと子の手足を食う母
血みどろの口と慈愛の瞳 
「わたしはお前のためを思っている 
いつもお前のためを思っている」
子は逃げる 短くなった手と足で 子は逃げる
母の沼 どぶどろの臭い放つ沼から逃れようともがく
「誰か来て  息子が逃げる どうかあの子をつかまえて」
髪ふり乱し わめく母 したたる涙
子は取り巻かれる おとなしい隣人たちが子を囲み
次第にその輪をちぢめてゆく
「食べられたのはぼくです 流れたのはぼくの血だけなのです」
「悪いのはおまえだ」「お前だ」
「ぼくの手足はぼくのものだ 僕は僕の手足を守らねばならない」
「それでも悪いのはお前だ」「お前だ」
子はひとりぼっち  味方は無い
大勢の手が彼をつかみ
またつなぐ 彼を その母の足元近く
灰色のきつい鎖に
「ぼくはあなたを憎む」
「わたしはお前を思っている」
「ああいっそぼくはあなたを殺したい」
「わたしはお前を思っている」
うっとりと母はささやく 微笑みながら近付き
子は変わってゆく 朝に晩に手足を食われて子は変わってゆく
もう子は逃げようとはしない
彼は静かに朝焼けをみつめじっと一日の終わりを待つ
「わたしの息子  お前はやっといい子になった」
「彼は死んだのです  母さん」
「まあ  お前ったらふざけて」
上機嫌に笑う母 俯向く子
「ごらん 実にいい風景だ」
「ええ  心あたたまる・・・・・」
遠く語りあう隣人
誰も彼も笑っていた
死んだ
あるいは死にかかった子の魂はそっちのけに
笑っていた  
実に楽しげに笑っていた

小川逸子